生きててなんぼ

 とっても入力しづらい携帯端末からの投稿です。思いついて、書きたいと思ったので。
 私の父は長いこと病院に入院していましたが昨年他界しました。父が亡くなったことによって私は、人間の生死について、それ以前の時にはあまり思わなかったこと、考えなかったことなど、いろいろ思ったり考えたりするようになりました。

 今ここで長々とお話ししようとは思いませんが、常々、「自殺はしてはいけない」と私は考え続けていて、その哲学なのだか倫理感なのだか分かりませんが、その意識がとても低いと思えるこの国の風潮をどうしたものかと思います。

 生きててなんぼ、と思ったんです。父の遺影を見ながら。今日。
 父はもっと生きていたかったかもなあと思いながら。71歳でしたが。

 生まれ変わりなんて信じている人には、私はそれはどうかしてますよと言いたい。魂一個なんて、生まれ変わったりするほどご大層なものでなんかあるもんか。みんな、たまたま生まれてきたんだ。生まれるべくして生まれてきた人なんているもんか。

 たまたま生まれてきた。そして誰もがいつかは死ぬ。限られた命。
 それならば、生きててなんぼじゃないかと。

 亡くなったあと人はどうなるのか。私は無になると思っているんだけど、ただ、その人を思う気持ちが残された人の心に残る。生きていた間にその人が何をしたのかどんな思いを残していったのか。それが、生きている人の心に残る。

 なぜ自殺をしてはいけないのか、それを語ることは難しいことのような気もする。また、自殺してもいいと考える人だっているわけだけれど、どっちが正しいのか、誰ならそれが分かるんだろう。
 私が考えるのは、「立つ鳥後を濁さず」ということで、人は関わり合って生きているから‥云々と、ええーとああやっぱり難しいけれど。

 生きててなんぼ、そうとにかく思ったんです。
 少々(大分?)尻切れトンボかもしれませんけどごめんなさい。今後も考え続けます。考えているだけじゃ駄目だけど。

この記事へのコメント

2007年06月18日 13:30
tani別館へいって、延命地蔵を拝んできました。なんぼ?。お経つきで無料でした。6/17
2007年06月24日 14:28
tani別館に私も行ってきました。
梁塵秘抄(りょうじんひしょう)って初めて知りました。(取りあえずウィキペディアへ飛びました。)

どうぞ健康的に長生きなさいますように。
世の中も平和でありますように。
2007年09月09日 01:07
日本は集団主義とか全体主義の国で、個人の力を極端に過小評価し合って(それを謙虚と考える)常に集団の中に個を埋没させる、溶け込んでもぐってしまう、という生き方を強制され、しつけられて育つから、自分なんか生きていなくても誰も困らないし気に留めないし、という考え方になるんじゃないかしら?とどのつまりは生命軽視で、伝統的思想なのかも。私は逆にけし粒のように小さくても、一度命を宿してこの世に生まれた限りは、必ずその人にしかできない事ってあると思う。個人は希少価値がある、と考えるべき。でも迷惑掛けないと生きられない人間になってしまったら別ですが。

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